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二つの超ジュラルミン,24Sの開発が14Sより遅くなったのは?

表 アルコアの17S, 14S, 24Sの開発と特製の比較
表 アルコアの17S, 14S, 24Sの開発と特製の比較

アルコア社がジュラルミン17Sを開発してから超ジュラルミン24Sを開発するまで約15年かかっている。その間にもう一つの超ジュラルミン14Sの開発がある。17Sと24Sを比較すると合金成分ではMgを高々1%増やしただけの合金ではないかと。これはアルコア社だけの問題ではない。なぜ世界の材料研究者は24Sと同等な合金をもっと早く開発できなかったのかが,私の材料研究者としての研究課題であった。

これにヒントを与えてくれたのが,住友金属の材料研究者で超ジュラルミン開発の先頭にいた田邊友次郎博士の言葉であった。当時,田邊博士はケイ素を含む超ジュラルミン合金開発の先頭にいた。それが海軍の要請で24Sに開発変更せざるを得なかった時のことである。「 米国の24S は99.8%のような高純度地金が相当自由に使える国柄で発達したものである。大勢ならば致し方ないが,日本がこれを採用するのには疑問を持つ」と。

アルコア社の研究陣は当然,17Sへの不純物Fe, Si量の影響やさらに高強度化を図るためにCuやMg量の最適値を調べているだろうと予測して文献調査を進めてきたが,意外にも1920年代に論文発表されたものが少ない。社外秘のために多分所内報告に留まっていた可能性が高い。後発の住友金属では1935年海軍の指示で24Sを製造するにあたり田邊博士を中心にこれらのことを系統的に調べている。

1920年頃アルコアの研究所はコンサルタントとしてACC (Aluminum Casing Company) からZ. Jeffriesを迎え,新たな研究体制を整えた段階である。Jeffriesとその部下であったArcherは,英国のNPLで活躍していたRosenhainやGayler女史らの考え方,すなわち17SはAl-CuとAl-Mg-Siの二つの合金系の組み合わさった合金で,強度に関してAl2CuだけでなくMg2Siすなわちケイ素の影響も大きいという考え方に影響を受けた。こうした考え方は彼らだけでなく,ドイツや日本の研究者も同様に影響を受けた。当時のジュラルミンは使用した地金の問題で不純物として鉄やケイ素を必然的に多く含まざるを得なかった。その結果としてケイ素をさらに多く含む14Sがまず開発された。14Sは17Sの成分にケイ素を0.9%添加した合金で,焼戻し処理(T6処理)で高強度が得られる合金である。24Sの開発が遅れた理由はこうした材料開発の方向付けによるところが大きい。一方,工業的には24Sは17Sに比べてMgが増えたために鋳造,圧延,押出加工が困難であったといった問題もあるが,最も大きい理由としては田邊博士が指摘した地金の純度が考えられる。24Sは地金の純度が悪いと高い強度が得られにくいことが問題であった。このことが明らかになるためには高純度の地金が必要であった。

 

アルミニウム地金の純度は製錬の方法にも依存する。世界で初めてアルミニウムの量産を行ったフランスの Sainte-Claire Deville(ドヴィーユ)はナトリウムによる還元法でアルミニウムを製造したが,その純度は97%程度であった。ホール・エルー法による電解製錬が開発されても純度が99.7%以上のものができなかった(現在では99.85%が一般的,軽金属基礎技術講座より)。 不純物の多くは電解浴やアルミナ,陽極カーボンに起因している。 C. GrardのAluminium and Its Alloysによれば1921年当時のフランスの地金規格では

Grade I: 99.5%, 鉄とケイ素のトータルは0.5%以下

Crade II: 99.0%, 鉄とケイ素のトータルは1.0%以下

Grade III: 98-99%, 鉄とケイ素のトータルは2%以下

不純物としては(a) Fe, Si,(b) Carbides, sulphaides, Cu, Zn, Sn, Na, N, B, Ti,(c) Alumina :分析するとAlと一緒になってしまうことが問題。Aluminaは溶湯の流動性を低下させるので有害。Blow-holeの形成。スクラップの溶湯の温度を上げ過ぎると酸化しやすい。

米国,英国,ドイツ各国の規格も不純物量の規定は異なるがほぼ似ている。

西村秀雄教授の「アルミニウム及其合金」(共立社,1941)によると,日本の規格(JES 1938年7月)では以下の通りである。

特号アルミニウム:Al >99.7%, Si <0.20%, Fe <0.20%, Cu <0.02%

1号アルミニウム:Al >99.5%, Si <0.30%, Fe <0.30%, Cu <0.05%

2号アルミニウム:Al >99.3%, Si <0.40%, Fe <0.35%, Cu <0.05%

3号アルミニウム:Al >99.0%, Si <0.50%, Fe <0.50%, Cu <0.10%

4号アルミニウム:Al >98.0%, Si ー, Fe ー, Cu ー

 

図 三層電解法(軽金属学会,軽金属基礎技術講座より)
図 三層電解法(軽金属学会,軽金属基礎技術講座より)

溶融塩を用いた最初の高純化プロセスは1900年アルコア社の電気技師であったW. Hoopsによってなされた。Hoopsの提案は,三層になった液体の精製槽を用いるもので,溶けたアルミニウムを陰極としてこれより重い電解浴の上に浮かせ,その電解浴の下により重い溶けた合金を陽極として配置するものであった。

 

1919年頃,Hoopsはアルコアの研究陣と一緒になって工業的生産法を完成させた。電解浴は氷晶石,アルミニウムフッ化物,バリウムフッ化物,ナトリウムフッ化物,アルミナで構成されている。1000℃で純アルミニウムが電解浴に浮くためには80%の氷晶石に20%のバリウムフッ化物が必要である。こうして得られる平均の純度は99.8%以上である。実際,多くのメタルは99.90%であり,その幾つかは99.99%の純度のものが得られた。

 

W. Hoopsは1924年1月亡くなった。Hoopsの出願した多くの特許は1925年登録されている。こうした高純度地金が利用できる段階になってジュラルミン17Sの機械的特性及ぼす不純物の影響が明らかになったと考えられる。最近これを裏付ける1926年の論文が見つかった。これを次回紹介しよう。