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西村秀雄教授の随筆軽金属史をアップロード

晩年の西村秀雄博士
晩年の西村秀雄博士

西村秀雄博士:1892年京都市に生まれ,1918年7月京都帝国大学採鉱冶金学科卒業,三菱鉱業研究所に勤務後,約2ヵ年で母校に戻り,講師,助教授を経て1930年京都帝国大学教授に昇進,工学研究所長,工学部長を歴任後,1955年退官する。この間,金属材料学および金属加工学の講義および研究を担当する。退官後も財団法人応用科学研究所長として人材の育成に尽力した。奇しくも超々ジュラルミンの発明者・五十嵐勇博士と同じ年の生まれである。1962年日本金属学会賞,1963年本多記念賞を受賞,1970年日本学士院会員に選出,1968年勲二等旭日重光章が授与された。村上陽太郎博士によると「絵や書をよくされ,平素はご多忙でゆっくり絵を描かれる時間的余裕もないが,たまの日曜日にとか夏休みなど暇を作ってはお書きになる。絵をご覧になることもお好きであるので,展覧会等には研究室全部をつれて頂いて,先生からお得意のご説明を伺い,一向に知識のないわれわれにも楽しめる機会に恵まれた」とのことである。古河電工におられた田中道夫氏によると「先生がパリーに御留学中一日お宅を訪問しますと,部屋中絵であり,冶金の学者の部屋のようではありませんでした」といわれるくらい絵画や書にも造詣の深い文化人でもあった。「軽金属時代」の「軽合金史」にも自らのスケッチを掲載していた。晩年には都会の喧騒を避け,小豆島に自ら設計した「碧水居」を訪ねては随筆などの執筆,書画などの創作をした。今回参考にした「軽金属時代」に発表した膨大な「随筆 軽合金史」等々は単行本として出版される予定だったが,「軽金属時代」の廃刊によって実現しなかったとのことで残念なことである。アルミニウムのみならず金属組織学,金属加工学が学問として確立し始めた頃の議論が今でも貴重で参考になる。この随筆軽金属史を資料室・材料の歴史に8編アップロードしました。