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アルミニウム合金はなぜ硬くなる?化学屋の視点から

写真 Al-Zn-Mg 合金のGPゾーン。中心の2~3nmの範囲で原子の配置が周辺と異なっているのがわかる。
写真 Al-Zn-Mg 合金のGPゾーン。中心の2~3nmの範囲で原子の配置が周辺と異なっているのがわかる。

 写真はAl-Zn-Mg 合金のGPゾーンである。中心の2~3nmの範囲で原子の配置が周辺と異なっているのがわかる。周辺はランダムに分布していたZnやMg原子が拡散によりAlと位置を変えながらMg-Znのクラスターを形成し,アルミニウムの格子を壊さずに全体としてGPゾーンを形作っている。どのような原子配置をして強度を高めているかは今後調べていく必要がある。

 GPゾーンというのは1938年GuinierとPrestonが別個にAl-Cu合金が初期に硬くなる現象をX線で解析して,Cu原子がAl格子中に規則的に配列する構造を同時に発見して彼らの名前の頭文字をとって名付けられた構造のことである。Al-Cu合金ではCu原子が特定の面に沿って並ぶことが生じる。アルミニウム合金では焼入れしてから,室温に放置しておくと硬くなる現象を時効硬化と呼んでいる。100~200°Cの高温ではもっと短時間に硬くなる。室温で硬くなることを室温時効硬化とか自然時効硬化,高温で硬くなることを高温時効硬化とか人工時効硬化と呼んでいる。

 

 金属の強度理論ではこの時効硬化以外に固溶体硬化と加工硬化が知られている。固溶体硬化とは溶質原子を固溶させただけで硬くなる現象で,加工硬化とは加工すると硬くなる現象である。金属学では転位論をベースに硬化機構はそれぞれ別物として教えられる。実際には複数の硬化機構が関与していると考えられることが多い。その場合単純にそれぞれの硬化機構の積算で表していいものなのか,そもそも足し算でいけるのかも疑問である。

 

 金属学では転位が発見されてから転位をベースに転位論という力学理論が構築されてきた。しかし転位論は転位が存在できる条件下での強度理論で,転位そのものが存在できない共有結合性物質や静電結合性物質では適用できない理論である。金属においても転位が存在できる条件は限られている。高純度金属では転位そのものが不安定で存在できない。アルミニウムでも99.999%の5N材料では室温で再結晶し転位が消滅する。また合金化して硬くなると変形そのものができず転位の導入がむずかしくなる。強度は何も金属だけの問題ではない。ダイヤモンドのような共有結合性物質やNaClのような静電結合性(イオン結合性)物質でも問題となる。このため材料一般に通用できる強度理論が必要となる。転位論だけでは説明がつかなくなる。その場合,強度は原子の結合の反映,それは電子状態によるものであるとの認識に立てば,立脚すべきは原子,電子の状態を記述する量子力学,量子化学であると言わざるを得ない。少なくともマクロな現象を扱う力学理論ではできない。量子化学に基づく化学結合論では代表的な結合は金属結合,共有結合,静電結合である。

 

 では,固溶体硬化,加工硬化,時効硬化を化学結合の金属結合,共有結合,静電結合でどのように説明すればいいかが問題となる。残念ながら現在の金属学会でこれを明確に述べた書籍はない。これを明確に述べている書籍は「合金論の歴史と論理」(竹田,田邊,塙,山本,ミューズ・コーポレーション,2007)だけであろう。ここではこの本に示されている考え方に基づき,アルミニウム合金の強度に関して化学結合(金属結合,共有結合,静電結合)という観点で説明を試みる。

 

 第一は,添加元素を固溶させて硬化させる固溶体硬化である。鉄合金での炭素や銅合金での錫や亜鉛である。これらの添加元素は共有結合性が強いsp電子を持った典型元素で,なかでも炭素はダイヤモンドになることからもわかるように共有結合性がもっとも強い元素である。これを金属の中に固溶させると共有結合性が増して硬くなる。アルミニウム合金ではsp電子を持ったマグネシウムが固溶して固溶体硬化を示すがあまり大きくない。

 

 第二は加工硬化である。冷間で圧延や引抜き加工すると硬くなる。アルミニウム合金では単位元素量あたり加工硬化量が最も大きいのは不純物の鉄である。その次にマンガンである。これらの元素は微量の固溶量で効果を発揮する。さらに多く添加すると効果的なのはマグネシウムである。純Al,Al-Mn合金,Al-Mg合金はいずれも冷間加工で強度を高めて実用的に利用されている。鉄,マンガン,マグネシウムはいずれもアルミニウムとは異なった結晶構造を持っていて,そのまま固溶しただけだとアルミニウムとは結合できない(結合軌道が重ならない)が,加工によってアルミニウムの結合が破壊され互いに重なり会える原子配置になり安定な結合ができる。この結合はいずれの元素とも異なる構造を持つ共有結合となり硬化する。

 

 第三は時効硬化である。アルミニウムと添加元素の間で電気陰性度(原子の電子を引きつける能力)が大きいと電子の流れが生じ,時効処理で異符号の原子が隣り合わせになると安定化する。すなわち静電結合(イオン結合)が生じて硬度が上昇する。Al-Cu合金では電子はアルミニウムから銅に流れている。Al-Mg-Si合金系やAl-Zn-Mg合金系ではMg-Si, Zn-Mg 間の相互作用や結晶構造の違いからも安定化する。最近のクラスターやGPゾーンの形成による強化は時効により原子の移動が生じ静電結合による安定な原子配置が形成されるためと考えられる。なおAl-Mg合金は興味深いことにMg量が10%程度まで添加されると時効硬化を示して,固溶体硬化,加工硬化,時効硬化の三つの顔を持っている。実際の硬化はいくつかの硬化機構の組み合わせで生じる場合もある。

 

 何れにしても金属結合のように空の軌道が多い,すなわち電子の空席が多いと塑性変形が容易であるが,共有結合や静電結合になることで電子の空席が減少し電子が動きにくくなると硬化するものと考えられる。今後はこのような電子の動きに注目して強化機構を考えることが重要である。