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新刊案内「超々ジュラルミンと零戦」

20世紀は航空機の発展の時代で,その航空機に欠かせなかったのはアルミニウム材料である。20世紀初頭にドイツで発明されたジュラルミンがツェッペリン飛行船に採用され,その後それよりも強度の高い超ジュラルミンが米国で開発された。しかし日本海軍はさらに強度の高い合金の開発を住友金属に要請し、五十嵐勇によって<世界最強の超々ジュラルミン>が産まれた。それを零戦主翼の桁材に採用したのが三菱重工の堀越二郎である。

 太平洋戦争中、米軍は無傷の零戦を発見してその強さの秘密を徹底的に探り,主翼に超々ジュラルミンが採用されていることを見つけアルコアに同等の合金を開発させた。これが戦後航空機材料の主力となる7075合金である。本書では超々ジュラルミンの材料開発の歴史と零戦に採用された経緯を明らかにし,7075合金はじめとする戦後の航空機材料開発の進歩を明らかにする。

 

はじめに

本の「はじめに」より

 

2013年上映されたアニメ「風立ちぬ」には,三菱の航空機の設計陣が,「住友軽金属」と書かれた木箱に入ったアルミの押出形材を取り出して眺めているシーンが出てくる。『スタジオジブリ絵コンテ全集』(徳間書店)では,「ジュラルミンの押し出し材のサンプルが姿をあらわす」と説明があり,そのせりふの中で,主人公の上司に「軽いな,ジュラルミンの押し出し材とはぜいたくなものだ・・・」と語らせている。アニメが描いていたのは,設計主務者の堀越二郎の七試艦上戦闘機を経て九試単座戦闘機の開発の物語で,この九試単座戦闘機の成功で零式艦上戦闘機(通称,零戦)の開発へと繋がる。ここでジュラルミンという言葉がでてきて,ジュラルミンとは何だと思った方もおられるかもしれない。またアニメでは零戦については直接ふれていないが,このアニメをきっかけに若い方には零戦に関心を持たれた方もおられるかと思う。零戦について書かれた日本の雑誌や書籍には,その零戦の軽量化を支えた材料として必ず超々ジュラルミンについての記述がある。そもそも超々ジュラルミンとジュラルミンとでは何が違うのだろうと思われた方もおられるであろう。私のような航空機材料を研究してきた者にとっては,アニメの中の九試単座戦闘機に使われた押出形材はそもそもジュラルミンなのかという疑問もあった。というのは当時ジュラルミンの強度を上回る超ジュラルミンを世界中が開発していた時期でもあるからだ。ジュラルミン,超ジュラルミン,超々ジュラルミンという材料開発の流れがあり,超々ジュラルミンは日本で発明された世界最強のアルミニウム合金なのである。戦前の世界のアルミニウム合金開発の中心はドイツ,米国,英国であった。それがなぜ日本で世界最強の合金開発ができたのか不思議に思われる方もおられるであろう。

 

2008年,ドイツ・アーヘンでアルミニウム合金国際会議ICAA11があり,その最初に米国の著名な教授によるアルミニウム材料を硬くする方法と一つとしてしての時効硬化の歴史についての基調講演があった。彼の時効硬化を利用した航空機用アルミニウム合金開発に関するスライドには,日本の超々ジュラルミンに関する記述が全くなく完全に無視されていた。もちろん彼の講演の概要集にはアルコアの7075合金によく似た住友の合金があり零戦に採用されたとの記述があるので教授は全く知らないわけではない。日本のアルミニウム材料研究者にはよく知られている超々ジュラルミンではあるが,海外では無視されるか,あるいはほとんど知られていないのである。この理由は明らかで本文で詳しく述べるが,我々日本の材料研究者からの情報発信も不足しているのではないかと考えた。そのため,2010年の横浜で開催されたアルミニウム合金国際会議ICAA12では,海外の研究者にもアルミニウムに関する戦前の日本の二大発明として,アルマイトと超々ジュラルミンに関する展示を行った。超々ジュラルミンについてはその性能に関するポスター発表と零戦の残骸を展示した。また筆者はこの間,超々ジュラルミンの歴史について軽金属誌などにも投稿してきた。これらは筆者のホームページhttps://esdlab.jimdofree.com/ でも公開している。

 

超々ジュラルミンが開発された背景をジュラルミンから遡ってその歴史を明らかにし,超々ジュラルミンがどのようにして短期間で開発され零戦に採用されたか,そしてこの合金は戦後どのように発展してきたかを明らかにする。最後になぜ世界最強のアルミニウム合金が短期間で開発できたのかを振り返ってみることは,先輩たちの努力に報いるためにも今後の材料開発にとっても必要なことだと考える。なお,アルミニウムの専門用語がわからないという方のために,コラムにまとめて書きましたので,コラムをご覧下さい。

 

目次

1.  ジュラルミンとツェッペリン飛行船      

1.1 ジュラルミン        

1.1.1  ジュラルミンはいかにして発明されたか 

1.1.2  アルフレッド・ヴィルムの生涯        

1.2 ツェッペリン(Zeppelin)飛行船

1.2.1 ツェッペリン伯爵と飛行船 

1.2.2 ジュラルミンのツェッペリン飛行船への採用 

1.2.3 飛行船骨格の加工技術        

1.3 ツェッペリン飛行船と第一次世界大戦

1.4 第一次世界大戦後の飛行船     

 

2.  欧米の超ジュラルミンの研究開発(1920年代)

2.1 英国           

2.1.1 英国国立物理学研究所,E合金,Y合金          

2.2 ドイツ       

2.2.1 デュレナ・メタルヴェルケ社           

2.2.2 ゴールドシュミット社,ザンダー(Sander)合金        

2.3 米国           

2.3.1 米国標準局           

2.3.2 アルコアの超ジュラルミン14S24S合金     

2.3.3  DC-3,クラッド材Alclad 24S-T3     

2.4 ジュラルミンの硬化に関する基礎研究

2.4.1 中間相,GPゾーンの発見  

2.4.2 復元現象  

 

3.  日本におけるジュラルミン,超ジュラルミンの研究開発 

3.1 ジュラルミンの調査と製造技術の確立

3.1.1 ツェッペリン飛行船の骨材調査        

3.1.2 ジュラルミンの工業生産     

3.1.3 ジュラルミン製造技術習得団           

3.2 工業生産のための製造技術の導入       

3.3  材料開発    

3.3.1 住友における超ジュラルミン開発    

3.3.2 24S型超ジュラルミン開発と工業生産            

3.3.3 日本における超ジュラルミンに関する基礎研究           

3.4 アルコアはなぜ超ジュラルミン2024合金を開発できたか             

 

4.  短期間で開発できた超々ジュラルミン 

4.1 五十嵐勇博士と超々ジュラルミンの研究開発の背景       

4.1.1 五十嵐勇博士の経歴            

4.1.2 入社後の研究

4.2 超々ジュラルミンの萌芽的研究

4.2.1 Al-Zn-Mg系の研究

4.2.2 クロム添加の効果

4.3 超々ジュラルミンの研究開始から発明まで

4.3.1 研究開始宣言,強力軽合金の探求・第一報

4.3.2 トム合金(Thom Alloy)

4.4 高強度で加工性に優れた合金の探求

4.4.1 各種合金の研究

4.4.2 ESD合金の候補材の選定

4.5 応力腐食割れ(時期割れ)の評価と結果

4.5.1 応力腐食割れの評価法の確立

4.5.2 腐食環境の影響

4.5.3 応力腐食割れに及ぼす合金元素の影響

4.5.4 工業的試作とESD合金成分の確定  

4.6 特許出願と論文発表

4.6.1 特許

4.6.2 論文発表と学位授与

4.7 なぜESDは短期間で開発できたのか?

4.7.1 寺井士郎博士の分析

4.7.2 研究者としてのものの考え方,五十嵐語録

 

5.零戦主翼への適用

5.1 堀越二郎と零戦

5.1.1 七試艦戦から九六式艦戦まで

5.1.2 九試単戦に採用された押出形材

5.2 零式艦上戦闘機

5.2.1 十二試艦上戦闘機

5.2.2 超々ジュラルミンとの出会い

5.2.3 十二試艦上戦闘機の試作 

5.2.4 零式艦上戦闘機

5.2.5 米軍による零戦の性能の解明

5.3 住友の超々ジュラルミンESDとアルコアの7075

5.3.1 五十嵐博士とGHQ 124

5.3.2 超々ジュラルミン(ESD)と75S(7075)の相違点

5.4 ESD 以後の合金開発

5.4.1 Al-Zn-Mg系HD合金

5.4.2 Al-Cu-Mg-Si系ND合金

5.5 超々ジュラルミンおよび零戦の開発から学ぶこと

 

6. 零戦のプロペラ

6.1 固定ピッチと可変ピッチ・プロペラ

6.2 プロペラ・ブレード素材用合金とその鍛造

6.3 プロペラの生産

 

7. アルミニウムの製造技術からみた第二世界大戦における日米の技術力比較

7.1 第二世界大戦での日米の航空機製造の比較

7.2 製錬技術

7.1.1 世界のアルミニウム製錬

7.1.2 日本のアルミニウム製錬

7.1.3 日本の国産原料からの製錬技術

7.3 連続鋳造・圧延技術

7.3.1 アルコアの連続鋳造技術・タンデム圧延技術

7.3.2 住友の製造技術

 

8. 第二次世界大戦後の航空機材料の発展

8.1 戦後の世界の民間航空機開発の動向

8.2 戦後の世界の航空機用アルミニウム合金開発

8.3 日本の状況

8.4 今後の航空機材料の展望:Al-Li合金,CFRPと7000系合金

 

9. おわりに:なぜ日本は世界最強のアルミニウム合金が開発できたか?

 

引用文献

参考文献

あとがき・謝辞

コラム

コラム1  アルミニウムの発見

コラム2  アルミニウムが電気の缶詰とは?

コラム3  アルミニウム合金とは? 合金の特徴

コラム4  ツェッペリン飛行船のガス嚢は牛の盲腸?

コラム5  ツェッペリン飛行船の機体番号

コラム6  飛行船構体の加工を支えるロールフォーミング技術

コラム7     ドイツにはツェッペリン博物館が四つもある!

コラム8     ヒンデンブルグ号にはアルミ製ピアノがあった?

コラム9     ジェフリース(1888-1965),かつて日本にジェフリース賞があった!

コラム10 アルミニウムの合金呼称について

コラム11 アルミニウム合金の調質記号について

コラム12 ギニエ(1911-2000)とプレストン(1896-1972),GPゾーンの発見

コラム13 アルミニウム合金はなぜ硬くなる?化学屋の視点から

コラム14    アルミニウムの熱処理:焼きなまし,焼入れ,焼戻しとは?

コラム15    石川登喜治博士の「ジュラルミン秘話」

コラム16 石川登喜治博士(1879-1964),海軍造機中将,早稲田大学鋳物研究所の創始者

コラム17    アルミニウム材料の製造法:鋳物・圧延・押出・鍛造とは

コラム18    西村秀雄教授(1892-1978),金属学だけでなく,書・絵画にも造詣が深い

コラム19    ボーキサイトは鉱物それとも鉱石?

コラム20    五十嵐勇博士の随想「研究室の片隅から」

コラム21    北原五郎氏(1892-1971),手が早い!

コラム22  「割れるやつなら大いに割って見よう!」

コラム23    腐食と応力腐食割れ

コラム24   「ものをよく見よ!」

コラム25    逆転の発想:応力腐食割れを防ぐには全面を腐らせる?

コラム26    堀越二郎博士(1903-1982),零戦の設計主務者,アニメ「風立ちぬ」のモデル

コラム27 戦前のもう一つの発明:アルマイト技術

コラム28 戦前の愛知万博,汎大平洋平和博覧会

コラム29 陸軍の戦闘機

コラム30    高橋本枝氏(1877-1955),ビンタン島のボーキサイトに注目!日本軽金属の創設

コラム31   明礬石と礬土頁岩(ばんどけつがん):朝鮮,満州のアルミニウムを含む鉱石

コラム32   「ベルリンからの手紙」:第二次世界大戦の最中に渡欧,決死の技術

コラム33 馬場義雄博士(1935-2012),世界初のZr添加Al-Zn-Mg合金を開発