私の恩師の本です。私が学部4回生の時に大学院入試を受験するかあるいは故郷に帰って教師をするか悩んでいた時に相談にのっていただきました。3,4回生の時に受けた金属学の講義は正直言って,これが学問なのかと驚きました。あまりにも経験的で暗記ものが多く,体系だっていないためです。また高校時代から学問とは,物理学のように原理原則に従って体系的にできているものと思い込んでいたためでもあります。そのためこのまま大学院に行っても役に立つのかなと思っていました。このことを先生に相談したら,「電磁気学や機械工学のようにほぼ完成したものを学んでもこれからの発展はあまり期待できない。金属学のように何も整理されていないからこそ研究する価値があるのだ」と言われ,学問とはそういうものなのかと思い眼が覚めたような気がしました。その後大学院を目指して勉強し合格し,恩師のもとで研究を続けることができました。その恩師の本の一つがこの本です。
その本の第1章は「材料理解の論理的枠組み(二つの定義,10の公理,10の定理)」となっている。私が学生時代に疑問に感じていたことを実践されていたことに感激しました。しかし,あの金属材料学で果たしてそんなことが可能なのであろうかと多分多くの方は思われると思います。疑問に思われた方はぜひ読んでいただきたいと思います。Amazonで入手できます。
著者は「はじめに」のところで,「材料技術(材料の製造技術)にはすばらしいものがあるが,理論的認識としての材料科学はまだ存在していないというのが著者の見解である」。著者の描く材料科学とは「材料の中で起こる階層的歴史的運動を物理的概念と数学的概念とを用いて再構築したもの」と定義している。
材料の結合・構造・物性・反応を統一して議論するには,階層的には,素粒子である電子・光子にまで立ち返る必要があること,歴史的には電子と光子の変化・運動という視点が必要であること,そのためには量子力学の基礎概念が必要であると述べている。さらに「電子と光子の変化・運動を規定し,材料の結合・構造・物性・反応を通して指導理念として働く根本概念」は「原子は空虚がなければ運動できない」とのデモクリトスの思想に行き着く。ここでいう空虚とは電子にまだ占拠されていない空席の状態を指す。空席の存在は結合では金属結合をもたらし,空席の不在は共有結合や静電結合をもたらす。
さて,著者の2つの定義,10の公理,10の定理について述べる。これはユークリッドの幾何学原本の様式である。
定義1 我々の住んでいるこの世界を宇宙と呼ぶことにしよう。
公理1 我々の宇宙は物質と空間で構成されている。
公理2 物質は階層性を持ち,より上の階層の物質はより下の階層の物質から構成される。
公理3 物質は空虚がなければ運動できない。
定理1 我々の宇宙は電子と光子から成り立っている。
公理4 我々の宇宙は変化運動している。
定理2 この世界の物質的な変化運動は電子と光子の間の相互作用に基づいて理解される。
公理5 電子と光子に関するすべての現象は,つぎの3つの基本的相互作用に分解される。
作用1 電子がある場所から他の場所に移動する。
作用2 光子がある場所から他の場所に移動する。
作用3 電子が光子を吸収あるいは放出する。
公理6 物質は時間的にも空間的にも有限であるものとする。従って,電子,光子もその有限的な存在を直接の対象とする。
定理3 量子力学では,時間とエネルギーの不確定性原理Δt・ΔE = h(Δt は電子のある状態の持続時間(存在寿命),ΔE は電子のエネ
ルギーの不確定の幅,h はプランク定数),位置と運動量の不確定性原理Δx・Δp = h (Δx は電子の存在領域,Δp は電子の運動
量の不確定の幅)が成立する。
定理4 その状態の持続時間が有限時間の電子のエネルギーは不確定となり,その存在の空間領域が有限の電子の運動量は不確定とな
る。
定義2 量子力学では閉じた系の状態は波動関数で記述され,純粋状態と呼ばれる。部分系では波動関数は存在しないで,状態は密度関
数で記述され,混合状態と呼ばれる。電子の状態が波動関数で表されるということは,電子が干渉性を持つということに対応
し,電子の状態が密度行列で表されるということは,電子が干渉性を持たないことに対応する。
公理7 電子の安定性の尺度としては,(1)エネルギーの高低,と(2)エネルギーの揺らぎ,の2つがある。
公理8 2つの安定性の尺度,(1)エネルギーの高低,と(2)エネルギーの揺らぎは,純粋状態では波動関数を用いて,混合状態で
は密度行列(ギブス分布)を用いて,計算される。
公理9 1つの状態は1個の電子だけが占めることができ,同じ1つの状態を2個以上の電子が占めることはできない(パウリの排他
律)。
公理10 すべての材料の問題は結局,結合,構造,物性,反応に帰着する。
定理5 原子間の結合は電子によるものであり,物質はその結合により安定化する。
定理6 物質の構造は原子の配列とその安定性の問題であり,原子の配列と安定性は電子による結合とその安定性に帰結する。
定理7 材料の物性(変形可能性(塑性変形能),強度,電気伝導性,耐食性,耐熱性など)は電子によってまだ占拠されていない空席
の状態の存在によって決定される。
定理8 材料の変形可能性(塑性変形能),強度,電気伝導性,耐食性,耐熱性などの問題は電子の安定性の尺度に従って理解すること
ができる。
定理9 材料の中で起こる,時効,相変態などの反応の方向およびその速度は,それぞれ凝集エネルギーとエネルギーの揺らぎによって
議論できる。
定理10 温度上昇によるエネルギーの揺らぎを評価すれば,熱活性が説明でき,融解,沸騰,拡散,化学反応などの熱活性化による現象
が理解できる。
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